2021.11.16
コンサルタントが変える未来

バイオエコノミーが変えていく 農業のカタチ、食の未来

ディレクター 齊藤

FAO(国連食糧農業機関)の試算によると、2050年の世界の食肉需要は2007年比で1.8倍に膨れるといいます。世界的な人口増加や新興国の経済成長、気候変動などの相乗により食料不足は深刻な問題に。いかにして環境負荷を最低限に抑えながら、持続可能なフード・サプライチェーンを構築できるか。解決の糸口は、バイオテクノロジーの活用にありました。ゲノム編集や細胞農業などの技術革新に合わせ、新しいルールづくり、市場づくりも始まっています。

気候変動問題と密接に関連している「食」の世界

――ご専門の食や農業に関する課題で、今もっとも注目しているのはどんなテーマですか?

「食のサステナビリティ」や「食糧安全保障」といった問題には非常に関心があります。例えば、気候変動問題に食や農業の面からどう切り込むか。牛のげっぷに含まれるメタンガスには二酸化炭素の約25倍もの温室効果がある、というのは最近よく聞かれる話ですが、そもそも食肉生産は大量の穀物や水を必要とするうえ、温室効果ガスも大量に排出しています。

食肉に限ったことではありません。世界の温室効果ガス排出量のうち、農業や林業、その他土地利用の排出量は約23%にもなると、2019年にIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が発表しました。また、IPCCは、地球温暖化の影響で2050年には穀物価格も最大23%上昇する恐れがあると警笛を鳴らしており、食にまつわる気候変動問題は私たちが思う以上に深刻です。

このような危機感から、EU(欧州連合)は2020年5月に「Farm to Fork Strategy」と題する政策を打ち出しました。日本語でいえば「農場から食卓まで戦略」。生産から消費に至るフード・サプライチェーン全体を、より公平で健康的で環境に優しいものに移行するための方策です。

これを受けて、日本でも今年5月に農林水産省が「みどりの食料システム戦略」を発表し、食料の調達、生産、加工・流通、消費の各段階で持続可能性を高められるよう、イノベーションを推進する方針を示しました。要するに、フード・サプライチェーン全体で環境負荷を減らしましょうということです。

――食糧安全保障に関する具体的な動きはありますか?

食料価格の高騰は大きな問題です。日本では少子化が進んでいますが、世界全体の人口は増え続けていますし、新興国の経済成長も相まって食料不足は加速しています。それに加えて、鳥インフルエンザやアフリカ豚熱などの家畜伝染病の流行による食肉の供給不足や、コロナ禍によって世界的にフード・サプライチェーンが分断したことより、食肉供給に混乱を来したことも危機意識を高める要因となりました。

日本ではまだあまり食糧安全保障への関心は高くないかもしれませんが、食糧需要の急増著しい中国が、食料輸出大国から輸入大国に変わりつつあると聞けば、安穏としてはいられないでしょう。日本の食料自給率はカロリーベースで約38%にすぎません。食料の輸入で中国に買い負ける状況が顕在化すれば、食料価格が上昇する事態は避けられないと思います。

持続可能性を追求する「バイオエコノミー」の潮流

――どのような対策を講じたらよいのでしょうか。

バイオエコノミーという考え方があります。バイオテクノロジーや生物由来の資源を活用しながら、社会課題の解決と経済成長を両立させる政策で、2009年にOECD(経済協力開発機構)が提唱して世界的潮流となりました。これは欧米を中心に加速するサーキュラーエコノミー(循環経済)と両輪をなすもので、一方では限りある資源を有効に使い続けるサイクルを実現させながら、同時に生産原料そのものをバイオの力で環境負荷の低いものに変えていこうとする動きです。

日本政府も2019年に「バイオ戦略」を10年ぶりに見直し、2030年までに世界最先端のバイオエコノミー社会を実現することを目標に掲げました。バイオは健康・医療、食品、農業、環境、化学、エネルギーなどと関連分野が幅広く、市場規模も膨大で、OECDでは世界のバイオ産業市場は2030年に約1.6兆ドル(約200兆円)に達すると予測しています。

――食の未来を語るうえでも外せない領域ということですね?

そう断言していいでしょう。例えば、ゲノム編集技術を用いた農作物の栽培とか、魚介類の養殖などは実際にもう開発が進んでいます。筑波大発のベンチャー企業が昨年12月、高血圧を抑える効果があるといわれるGABA(ギャバ)を多く含むトマトを開発して、ゲノム編集食品の国内第1号に認定されました。この9月には、京都大と近畿大が共同で肉厚に改良した真鯛が2例目として認められ、市販できるようになっています。

加えて、食のサステナビリティを実現するイノベーションとして注目されているのが、細胞農業です。家畜や水産物を従来の方法で飼育するのではなく、その生物の細胞を採取し、培養液で培養する生産方法です。牛・豚・鶏といった培養肉、エビやサケなどの培養魚介が国内外において開発中で、すでにシンガポールでは昨年12月に培養鶏肉の販売許可が下りました。

日本でも2019年に、東京大と日清食品の研究グループがサイコロステーキ状の培養肉の作製に世界で初めて成功しました。培養肉の開発はミンチ肉が主流であるのに対して、こちらは肉本来の食感により近い筋組織のある培養肉です。肉厚の培養ステーキ肉が登場するのも、そう遠くない未来とされています。

インタビューを受ける齊藤の画像

新たなルール形成・市場形成に向けた政策提言を

――食のイノベーションに対して、コンサルタントはどのような役割を果たすことができますか?

細胞農業を例に説明しましょう。これはつまり、生産方法における技術革新です。それによって生産される代替肉が、増大する食肉需要や減少する海洋資源への有効な対策となり、同時に温室効果ガスの排出抑制や、土地利用の軽減、飼料・農薬削減などの効果も生んで、環境負荷を減らしていく。家畜の飼育が減少すれば、感染症の抑制にもつながります。

ただ一方では、既存の畜産農家さんを守ることも忘れてはいけません。日本の美味しい食材やブランド、食文化といったものの価値をどう担保していくのか。提供する細胞を知的財産として保護する法整備も、国際レベルで必要となるでしょう。さらには新たな市場形成に向けて、消費者の需要を高めるための安全性の可視化、抵抗感を払拭する施策など、さまざまな準備とルールづくりを急がなければなりません。

そのためには、生産者や事業者、研究機関、官公庁、自治体など、複雑に利害が絡む関係者と連携し、国内外の政策動向や開発事情にも目を配りながら、望ましいルール形成や市場形成がなせるよう調整や提言を行う仲介者の存在が不可欠です。カタリスト(触媒)と言ってもいいでしょう。それが、プロフェッショナルファームのコンサルタントです。

――具体的にはどのような取り組みを進めていますか?

外部機関との連携で、昨年1月に細胞農業研究会を立ち上げました。30人を超える研究者と約70社の企業とともに、行政の方も交えて議論を交わしながら、政策提言などの活動を行っています。

こうした作業には時間がかかりますが、猶予はあまりないのです。米国A.T. カーニー社の試算によると、2040年には世界の食肉市場のうち約35%が培養肉となるそうです。大豆ミートなどの代替プロテインが25%と推計されていますので、合わせれば従来の畜産肉を上回る計算です。ルール整備で他国に後れを取るわけにはいきません。

幸い当社には、社会課題に対して先行的に取り組み、長期的な目線で企業の価値創造につなげていくことに前向きな風土があります。そして、そのことに使命感を持って愚直に取り組み、過去の事例に囚われたり同調圧力に屈したりせずに前進する、そういう仲間にも恵まれています。自分自身の確固たるテーマを持つ人に、向いている職場だと思います。