EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社(EYSC)

Behavioral Insight Transformation(BX)/行動科学トランスフォーメーションStrategic Impactイニシアティブインタビュー 05

日本初「行動科学×経営コンサルティング」が開く
未知なる領域

シニアマネージャー伊原 克将

マネージャー伊藤 言

人間の心の特徴に関する科学的知見を起点として、「人の心に寄り添う方向」へと企業コミュニケーションを変革する新しい手法「BXストラテジー」を掲げるチームが誕生。先駆けを務める2人のプロフェッショナルがBXの魅力を紹介します。

「人を動かす心のツボ」がビジネス課題や
社会課題を解決する

BXストラテジーは2023年に発足した新しいチームですね。どのようなミッションを掲げていますか。

伊原

BX(Behavioral Insight Transformation:行動科学トランスフォーメーション)とは、行動経済学、心理学といった人の心のありようや行動のメカニズムについて研究する学問を起点として、企業のビジネスや組織、商品・サービスなどに競争優位をもたらすような変革を起こすことを言います。欧米の大手企業を中心に導入する企業が増えはじめ、日本でも注目されつつある新しい経営課題解決アプローチです。

伊藤

行動経済学という学問が広く知られるようになったのは、2017年に米国シカゴ大のリチャード・セイラー教授がノーベル経済学賞を受賞してからでしょう。セイラー教授は「人の心のクセ」に着目したナッジ理論を提唱し、「人間がついついしてしまう行動」をそっと促す仕掛けの有用性に光を当てました。コロナ禍で必要となったソーシャルディスタンスを保つのに、お店のレジ前に足形ステッカーを貼るだけで無意識の行動変容を引き出したことはその好例でしょう。その他にも、例えばライドシェア業界では社内に行動科学チームを持っている企業もあります。「待つこと自体よりも手持ち無沙汰で待つことに人は耐えられない」などの心理学的な研究を活用しながら、タクシー配車アプリに地図上の追跡情報を組み込み、待ち時間の心理的負担やキャンセル率を減らすことに成功しています。

伊原

われわれはそうした「行動科学」として総称される学問で導き出された知見の積み重ねを、そのままアカデミックな世界に閉じておくのではなく、社会のさまざまな課題解決に実践的に適用する手法としてBXストラテジーを開発しました。いわば「行動科学×経営コンサルティング」によってアカデミアとビジネスの橋渡しをする、日本初のBXコンサルティングの創出です。

なぜ、経営コンサルティングファームでBXを実践しようと思われたのですか。

伊藤

私自身は心理学の研究職出身ですが、その中で強く感じたのは、産学連携などの案件はよくあるものの、研究者の問題意識と企業人の思惑がかみ合わず、結果として現場の課題解決に結びつかないことへのジレンマでした。多くの先達(せんだつ)が築いたアカデミックな英知の集積を社会課題の解決に活用できないこと自体が、大きな社会課題だと考えていました。その溝を埋められる職域はないものかと思っていたところ、伊原さんとの出会いをきっかけに経営コンサルタントならそれが可能かもしれないと気付いたのです。

伊原

私はその真逆で、先に経営コンサルタントとして経営課題の解決のために行動科学を活用することが増えてきたことで、その重要性が高まっていることを感じていました。一方で、アカデミアに集積されている知見を十分に活用しきれていないという問題意識も持っていました。その後、別のファームを経てEYの入社が2019年の秋、それから半年後に伊藤さんを迎えて意気投合し、2人でBXの活動を立ち上げたという流れです。

伊藤

幸いにしてEYはBig4の一角を占める企業でありながら、日本のコンサルティング部門は今が成長期の真っただ中で、新しいことになんでもチャレンジできる余白と、それを良しとする自由な気風に満ちています。その中で、BXというブルーオーシャンに出現した新しい島が、このチームです。

「正論」よりも「本能」に目を向けるアプローチ

ストラテジックインパクト・ユニットの中に、このBXストラテジー・チームが置かれることにはどのような意義があるのでしょう。

伊原

ストラテジックインパクトは、社会的にインパクトの大きいテーマを掲げて活動する「社会システム変革」を目的とするユニットです。例えば、経済安全保障やサイバーセキュリティ、気候変動対策、観光立国など、国家戦略にも関わる大きな命題に対して、長期的・俯瞰(ふかん)的な視野を持って取り組んでいます。したがって、社会そのものがクライアントであり、社会課題の解決こそが本分であると言っていいでしょう。

他社ファームには見られないこの独自の組織をEYが有するのは、「Building a better working world 〜より良い社会の構築を目指して」というパーパス(存在意義)を世界中のメンバーファームが共有しているからです。つまりEYは、社会を良くすることを究極のミッションとして、あらゆる経営課題の先に社会課題の解決を見据えています。

BXストラテジーがストラテジックインパクト・ユニットに籍を置く意味もそこにあります。人の心に寄り添う方向へと企業活動を誘う手法がBXですから、その先には必ず社会平和があるのです。

伊藤

人の心の特徴を理解することなくして、人を動かすことはできません。エシカル消費が大切だとわかっているのに、割高な商品には手が出しづらい。地球温暖化は待ったなしの状況なのに、誰もが太陽光パネルの設置に前向きなわけではない。それはなぜでしょう。

一つの答えは、人間のいわば本能にあります。太古の昔にサバンナ環境で暮らしていた人類の祖先にとって最も重要な課題は、その日その日を生き延びることであり、遠い未来のことに関心を持つ余裕などありませんでした。今を生きる私たちの本能ですら、大部分は人が進化した過去のサバンナ環境向けにチューニングされています。それにもかかわらず、現代社会は、例えば地球温暖化など、遠い未来の地球の危機に配慮することを求めてきます。「今・ここ・わたし」にフォーカスするように進化的にできている本能と、「今・ここ・わたし」以外への配慮を求める現代社会の要請のミスマッチが、社会課題の根源的な理由となっているのです。

人を動かすのに必要なのは「環境にやさしく」といった正論だけではないはずです。人の心や本能に無理強いをせず、「ついつい」そうしてしまうような仕掛けを考えることで、消費者や国民を望ましい方向に動かし、ひいては社会課題の解決につなげていく。ごく簡単に言えば、われわれの仕事とはそういうことです。

市場規模11兆円の巨大なブルーオーシャン

具体的にはどのようなプロジェクトによって企業の課題を解き、人々の行動変容を喚起しているのですか。

伊藤

ターゲットとする顧客層の心の特徴を科学的に捉えた上での戦略策定や、事業・サービス開発。そして、安全運転などの望ましい顧客行動を促すインセンティブ設計やアプリ開発はその一例です。また、このように0から1を生み出すご支援だけでなく、既存の商品・サービスの訴求力をより高めるために、マーケティングをご支援する例も数多くあります。もちろん、一般消費者向けのコミュニケーション設計だけでなく、企業の従業員の行動変容を対象とする場合もあります。

伊原

銀行や保険会社など金融業界への導入で、特に成果が上がり始めています。金融系の領域では、消費財業界などと比べてまだマーケティングやコミュニケーション戦略が確立していないことが、BXに関心が向く一因かもしれません。数値を扱う業種ですから、科学的なアプローチとの親和性が高いこともあるでしょう。

営業活動にデジタルツールを活用するセールステックの分野でも、BXへの引き合いは増えています。セールス活動の最前線に立つ人たちにインセンティブを持たせ、気後れせず新しいツールを使うよう駆り立てる。あるいは、人材の採用活動で大学生に内定を出した後、実際に入社するまでの間に他社に目移りなどしないよう、ある種の仕掛けで自社に引きつけておく。また、従業員のウェルビーイングを向上させる。このような場面においてもBXは活用されています。

伊藤

先ほどの環境系の話で言えば、環境省の助成事業の一環で、一般家庭における再生可能エネルギーの利用拡大を目的としたクラウド型太陽光発電サービスの開発を支援しました。ある小売電気事業者との協働プロジェクトですが、太陽光パネルを自前で持ちたいと願いながらも場所や予算の制約で実現できない人たちに向けて、その障壁を取り除くにはどうするかが出発点でした。「太陽光パネル=自宅の屋根に設置」といった無自覚の思い込みを覆すのに用いた仕掛けが、クラウドです。これならば、遠隔地の太陽光発電所で作った電気をサブスク利用するイメージがすぐに浮かびますよね。

 

消費財ビジネスだけでなく、さまざまな領域に活用できる可能性がありそうですね。

伊原

はい。従来のマーケティング手法だけでは動かしにくかった人の心のツボを押し、具体的な行動へと結びつけるのにBXは有効です。そのことにいち早く目をつけた英国や米国の先進的な企業では、行動科学の専門チームや専門責任者(CBO:Chief Behavioral Officer)を社内に置くケースが増えています。われわれが試算したところ、BXの活用がさまざまな業界にもたらす行動変容により、日本だけで11兆1,229億円もの市場が創出できる可能性が見えてきました。

伊藤

あくまでもポテンシャルの話ではありますが、それだけの潜在力を秘めたストラテジーを見過ごすのは得策ではありません。ぜひ、多くの経営者に知っていただきたいですし、アカデミックとビジネスを掛け合わせたマインドセットを持つ方がいらっしゃれば、一緒にチャレンジしていただきたいと願っています。

アカデミアとビジネスの架け橋を担う次世代を

行動科学とビジネスとの接点は、例えばシンクタンクの取り組みにもありそうです。経営コンサルティング会社の場合、どこに強みや面白みがありますか。

伊藤

企業や公的機関からの要請に応じてアカデミックな知見を持ち寄ることや、調査活動を通じてある種のインサイトを見いだすような取り組みであれば、経営コンサルティング会社に限る必要はないかもしれません。社会課題や経営課題の解決についてはどうでしょう。アカデミックな知見をあくまで起点とした上で創造的に活用し、課題解決に向けた全体的なシナリオを描き、関連するステークホルダーを巻き込みながら実際の現場に落とし込む動き方にかけては、経営コンサルタントがプロフェッショナルです。そして、現実の課題解決に実効性を発揮できないのであれば、BXは意味をなさないとわれわれは考えています。

伊原

そうですね。繰り返しになりますが、アカデミアとビジネスを一体化させることが、BXストラテジーの神髄です。クライアントの課題に目を向け、解決に向けた具体的な打ち手を考え、効果検証を通じてより良い打ち手に変えていく。そのために、知り得る科学的な知見を総動員する。そうした一連のプロセスにダイナミズムを感じているのが、われわれのメンバーです。

メンバーとして迎え入れたい人材についてお聞かせください。

伊藤

行動科学に関連する分野において一定の研究歴があり、基本的な知識や研究スキルを備えている方が望ましいと考えています。その上で、これまでの知識や経験を経営課題や社会課題の解決に生かしたいと強く願う動機があり、経営コンサルタントという新しい生き方に興味を感じている方を求めています。

すでに研究職として活躍されている方の中にも、私がそうだったように物足りなさを感じている人は少なくないと思います。コンサルタントとしての適性はさておき、一度EYの門をたたいてみてはいかがでしょう。コンサルティングのスキルは後からでも十分に身につけられます。

伊原

この仕事で一番大切なのは、内発的動機があることだと私は思っています。自分が関わることで企業活動をこう変えたい、こんな社会を作ってみたい。本気でそう思える方なら、経営コンサルタントは間違いなく適職です。しかもその分野がBXであるなら、自分自身の強みとなることも間違いないでしょう。

伊藤

「行動科学×経営コンサルティング」を旗印とするチームは今のところ、国内にはわれわれの他に見当たりませんから。応募される方がご自身で持つ能力をアドオンすることで、BXの領域はどんどん拡張するはずです。単に決められた枠組みの中で動くのではなく、当事者として新たな領域を切り開く喜びはなかなか得がたいのではないでしょうか。

伊原

自分自身の手で新しい業界を作ることができる、そんなチャンスに満ちた領域だと思います。いつか近い将来、BXという言葉が当たり前のように使われる社会となり、「BXストラテジーならEYストラテジー・アンド・コンサルティング」と言われる存在となっていることを目指し、ともに成長しながらより良い社会の構築を目指していきませんか。

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